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第2話 妖精王の資格

Penulis: 波 七海
last update Tanggal publikasi: 2025-11-14 18:12:12

 夜会の翌日、飲み過ぎによる頭痛と吐き気を抑えながらも、シャーロットは普段通りに丸い結界の薄い殻を破って起き出した。

 妖精族は本来、大気の霊気スピリトまゆのような結界を作り、その中で丸まって眠る。

 この家にベッドなどと言う物はない。

 人間との交流により寝具が持ち込まれたが、使用している者は人間被れやただの人間好き、そして肉欲に溺れた者くらいであった。

「あったま痛---い……。もう……やっぱりお酒は飲みすぎるもんじゃないわー」

 頭を押さえながら、シャーロットは朝食用のパンを焼いてコーヒーを入れる。

 当然のことだが、このロル麦で作られたパンもコーヒー豆も人間の手により持ち込まれた物で、その他にも多くの物資を人間族から輸入している。

 そしてパンを焼くトースターと言う魔導具や、コーヒー豆を挽くコーヒーミルも同様……言い出したらキリがない。

 過去の蜜月時代からの名残であり、現在も一部の人間国家とは交流が続いているのだ。

 だがシャーロットはパンは自然霊術の火で焼いているし、なるべく昔ながらの妖精族の暮らしを営んでいた。

 もちろん例外はあるけれども。

 現在、シャーロットが暮らしているのは、自然霊術によって巨大化した大樹をくり抜いて造りだされた一般的な妖精族の家。

 妖精王リンレイスの姪なので、シャーロットも一応王族に名を連ねる者の1人である。

 とは言え、魔族の王は世襲制ではなく実力主義で決まることの方が多い。

 それ故、万が一、妖精王が譲位されれば、シャーロットはただの伯爵家令嬢に戻るのだが、そんなことを気にする彼女ではない。

 何故、貴族であるのにもかかわらず1人暮らしをしているかと言うと、婚約破棄で負った心の傷を癒せるようにと配慮した両親のはからいがあったから。

 破談の件を聞いた時、シャーロットの心に浮かんだのは悲嘆ではなく、諦念であった。

 事実は事実として運命を受け入れる外ないと、ただそう思っただけだ。

 淹れ立てのコーヒーの香りを楽しみながら、ゆっくりとカップに口をつけると、コクのある風味と苦みを味わう。

 普段なら朝食を終わらせて、神話や歴史、魔法の書物を読んで、自分なりの解釈を加える研究を行うのだが、今浮かんでくるのは昨日の出来事。

 いきなりあのような話になったのは何故なのか――

 シャーロットは夜会の前に呼び出された時のリンレイスとのやり取りを思い出していた。

 ※ ※ ※

「あら、シャーロットじゃない。よく来たわね」

 リンレイスの執務室に足を踏み入れたシャーロットを部屋の主が出迎えた。

 隣には秘書官のいつも通り、無愛想な表情をしたフェイトが控えている。

 亜麻色の髪をした小柄な少女でシャーロットよりも年下の16歳だが、この歳にして齢304、妖精王在位227年を誇るリンレイスの補佐をするほどだ。

 情報処理能力、事務処理能力など、その才能は折り紙付きで妖精族に誕生した才媛、リンレイス以来の傑物とまで言われている。

「そりゃ、呼び出されりゃ来ますよーだ!」

 そう茶化しながら、ガラス窓から外の景色を眺めるシャーロット。

 見渡す限りの大森林――妖精の大森林ホッドミーミルを上から眺められる場所は、数えるほどしか存在しない。

 何度来ても凄まじい迫力と美しさを兼ね備えた王城。

 有史以来、同じ場所に立ち続けている超弩級の巨木――神星樹ヴァンドスラシルがその役割を担っていのだ。

 2人が対面のソファに向かい合って座ると、すぐにリンレイスが当たり障りのないことを話し始める。

「久しぶりだけど、元気にしているようね。最近は何をしていたのかしら?」

「いつも通りですよ。暇なので好きなことをやってます。神話と歴史と魔法の本ばかり読んでますが?」

「あらあら……妖精族なのだから、こもりっきりはよくないわね」

 姪のいつもの日課に、それを気に掛ける叔母と言う構図。

 日常会話なのでシャーロットは普通に王ではなく身内として接する。

 お互いににこやかな笑みを浮かべて気負うことなく話している。

「流石に自然には触れてますってば。風と共に舞い、火と共に怒り、水と共に心を落ち着け、土と共に大地の施しを得てますねー」

「偉いわね。妖精族の本分と言っても良いわ。ええと……火と共に怒って欲しくはないけれど」

 当たり障りのない会話のキャッチボール――軽口はこの辺で良いだろう。

 シャーロットは早速、本題に入らせてもらおうと、話題を変える。

「それで本日は何の御用ですかー?」

「まぁ……ね……」

 煮え切らない態度のリンレイスを見てシャーロットが察する。

 ここからは妖精王としての話だ。

「妖精王陛下、戦争の話でしょーか?」

「ええ、よく分かりましたね」

「分からないわきゃありません!」

 思い切って切り出したのに平然と返されたので、シャーロットが思わずツッコミを入れるが、リンレイスは動じる気配も見せず淡々と話し続ける。

 王に軽々しく突っ込む方もそうだが、全く動じない王も王である。

「状況は厳しいわ。このデスペラント大陸……人間には魔大陸またいりくと呼ばれているけれど、既に何か国かは人族連合軍の手に落ちてしまいました……」

「そこまで強いのですか? 人間族の列強同盟や人間・亜人族連合と言うのは……このままではデスペラント魔帝國は滅ぼされてしまうのでしょーか?」

 物憂げな表情でこめかみを押さえるリンレイスの口から無意識の内にため息が漏れていた。

 戦争の情報に疎いシャーロットでも他の魔族の強さくらいは知っているため、彼らが圧倒されている状況が信じられないのだ。

「手が付けられないそうよ。特に勇者が現れてからは、魔帝國軍は敗退に敗退を重ねています。今や不死族の帝都イヴィルにまで到達しようと言う勢いよ」

「魔王様は大丈夫なのでしょーか?」

 まさに沈痛な面持ちで話すリンレイスの口調は苦々しい。

 毎日頭を悩ませているのだろうが、人間たちが帝都まで侵攻してくるとなると、妖精族のリーン・フィアは目と鼻の先。

 とは言え、帝都にいるのは現魔王であり、そう簡単に倒せる相手ではないとシャーロットは考えていた。

「イルビゾン陛下は歴代最強レベルの強さだから大丈夫だとは思うのだけれど」

「不死族の王と言うほどですから、やはり不死なのですか?」

 現魔王はイルビゾン・ウレイン・ロストシュート。

 不死なら死なない無敵じゃんと思いながらもシャーロットは思い直す。

 世の中にそんな都合の良い話はない、と。

「寡黙な方ですし、自らの力を話すこともないですからね」

「それはそうですね」

「シャル、貴女に話しておくことがあります。貴女はわたくしの姪であり一応王族でもあります。妖精王は世襲制ではありませんが、血統と家柄には文句のつけようがありません」

 リンレイスの言う通り、妖精王は魔力の大きさや霊気スピリトの扱い方の上手さで決まる。

 同様に他の魔族のほとんどがそうなのだが、唯一、魔王だけは異なっている。

「あらら。あたしの性格に難があるとでも?」

 取り敢えず、おどけた感じで軽口を叩いて場を和ませようと試みるシャーロット。

 先程からいつもは柔和なリンレイスの表情が、強張っているのを見ただけでも妖精王と言う立場の重責を理解できた気がしたから。

「ふふ……そうではありません。わたくしの政治基盤は随分と脆くなってしまいました。このままでは対人間族強硬派を抑えられません」

「って言うと?」

 首を傾げながら不思議そうにシャーロットが問い返した。

 シャーロットには政治的なことは分からない。

 単に興味がないと言うのもあるが、自分がそんな大層な器ではないと理解しているからだ。

「わたくしが王を辞すると言うことです。そして我が娘リーンノアや貴女にも影響が出る可能性があるのです」

「陛下がご譲位を? またまたご冗談がきついんだが? 治世227年にもなる名君ですよ?」

 俯き加減に重々しい口調で切り出したリンレイスの言葉を聞いたシャーロットは、思わず耳を疑った。

 そして言葉遣いが素に戻っていることにも気付かずに、前のめりになりながら一気に捲し立ててしまった。

 それを聞いてリンレイスの表情が僅かだが綻ぶ。 

「あら。随分評価してくれているのね?」

「そりゃそーですよ」

 心なしか嬉しそうな物言いに、シャーロットが即答する。

 少なくともぐだぐだ、物ぐさ、いい加減のシャーロットには天地がひっくり返ろうとも真似できそうにない。

 彼女には自身が妖精王になった時の想像すら出来なかった。

「とにかく、わたくしのせいで貴女に何かを負わせることになるかも知れないのです。王としても叔母としても情けない話ですけれど……ごめんなさい」

「謝られても困りますよー?」

 叔母とは言え、天下の妖精王が頭を下げて謝罪するほどのことが起こるということ。

 おどけた口調で言うシャーロットに、リンレイスは少し自嘲気味に微笑んだ。

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