Mag-log in夜会の翌日、飲み過ぎによる頭痛と吐き気を抑えながらも、シャーロットは普段通りに丸い結界の薄い殻を破って起き出した。
妖精族は本来、大気のこの家にベッドなどと言う物はない。
人間との交流により寝具が持ち込まれたが、使用している者は人間被れやただの人間好き、そして肉欲に溺れた者くらいであった。「あったま痛---い……。もう……やっぱりお酒は飲みすぎるもんじゃないわー」
頭を押さえながら、シャーロットは朝食用のパンを焼いてコーヒーを入れる。
当然のことだが、このロル麦で作られたパンもコーヒー豆も人間の手により持ち込まれた物で、その他にも多くの物資を人間族から輸入している。 そしてパンを焼くトースターと言う魔導具や、コーヒー豆を挽くコーヒーミルも同様……言い出したらキリがない。 過去の蜜月時代からの名残であり、現在も一部の人間国家とは交流が続いているのだ。だがシャーロットはパンは自然霊術の火で焼いているし、なるべく昔ながらの妖精族の暮らしを営んでいた。
もちろん例外はあるけれども。 現在、シャーロットが暮らしているのは、自然霊術によって巨大化した大樹をくり抜いて造りだされた一般的な妖精族の家。妖精王リンレイスの姪なので、シャーロットも一応王族に名を連ねる者の1人である。
とは言え、魔族の王は世襲制ではなく実力主義で決まることの方が多い。 それ故、万が一、妖精王が譲位されれば、シャーロットはただの伯爵家令嬢に戻るのだが、そんなことを気にする彼女ではない。 何故、貴族であるのにもかかわらず1人暮らしをしているかと言うと、婚約破棄で負った心の傷を癒せるようにと配慮した両親の
淹れ立てのコーヒーの香りを楽しみながら、ゆっくりとカップに口をつけると、コクのある風味と苦みを味わう。
普段なら朝食を終わらせて、神話や歴史、魔法の書物を読んで、自分なりの解釈を加える研究を行うのだが、今浮かんでくるのは昨日の出来事。いきなりあのような話になったのは何故なのか――
シャーロットは夜会の前に呼び出された時のリンレイスとのやり取りを思い出していた。※ ※ ※
「あら、シャーロットじゃない。よく来たわね」
リンレイスの執務室に足を踏み入れたシャーロットを部屋の主が出迎えた。 隣には秘書官のいつも通り、無愛想な表情をしたフェイトが控えている。 亜麻色の髪をした小柄な少女でシャーロットよりも年下の16歳だが、この歳にして齢304、妖精王在位227年を誇るリンレイスの補佐をするほどだ。 情報処理能力、事務処理能力など、その才能は折り紙付きで妖精族に誕生した才媛、リンレイス以来の傑物とまで言われている。 「そりゃ、呼び出されりゃ来ますよーだ!」 そう茶化しながら、ガラス窓から外の景色を眺めるシャーロット。 見渡す限りの大森林――2人が対面のソファに向かい合って座ると、すぐにリンレイスが当たり障りのないことを話し始める。
「久しぶりだけど、元気にしているようね。最近は何をしていたのかしら?」「いつも通りですよ。暇なので好きなことをやってます。神話と歴史と魔法の本ばかり読んでますが?」
「あらあら……妖精族なのだから、こもりっきりはよくないわね」
姪のいつもの日課に、それを気に掛ける叔母と言う構図。
日常会話なのでシャーロットは普通に王ではなく身内として接する。 お互いににこやかな笑みを浮かべて気負うことなく話している。「流石に自然には触れてますってば。風と共に舞い、火と共に怒り、水と共に心を落ち着け、土と共に大地の施しを得てますねー」
「偉いわね。妖精族の本分と言っても良いわ。ええと……火と共に怒って欲しくはないけれど」
当たり障りのない会話のキャッチボール――軽口はこの辺で良いだろう。 シャーロットは早速、本題に入らせてもらおうと、話題を変える。 「それで本日は何の御用ですかー?」「まぁ……ね……」
煮え切らない態度のリンレイスを見てシャーロットが察する。 ここからは妖精王としての話だ。 「妖精王陛下、戦争の話でしょーか?」「ええ、よく分かりましたね」
「分からないわきゃありません!」
思い切って切り出したのに平然と返されたので、シャーロットが思わずツッコミを入れるが、リンレイスは動じる気配も見せず淡々と話し続ける。 王に軽々しく突っ込む方もそうだが、全く動じない王も王である。 「状況は厳しいわ。このデスペラント大陸……人間には「そこまで強いのですか? 人間族の列強同盟や人間・亜人族連合と言うのは……このままではデスペラント魔帝國は滅ぼされてしまうのでしょーか?」
物憂げな表情でこめかみを押さえるリンレイスの口から無意識の内にため息が漏れていた。 戦争の情報に疎いシャーロットでも他の魔族の強さくらいは知っているため、彼らが圧倒されている状況が信じられないのだ。 「手が付けられないそうよ。特に勇者が現れてからは、魔帝國軍は敗退に敗退を重ねています。今や不死族の帝都イヴィルにまで到達しようと言う勢いよ」「魔王様は大丈夫なのでしょーか?」
まさに沈痛な面持ちで話すリンレイスの口調は苦々しい。 毎日頭を悩ませているのだろうが、人間たちが帝都まで侵攻してくるとなると、妖精族のリーン・フィアは目と鼻の先。 とは言え、帝都にいるのは現魔王であり、そう簡単に倒せる相手ではないとシャーロットは考えていた。 「イルビゾン陛下は歴代最強レベルの強さだから大丈夫だとは思うのだけれど」「不死族の王と言うほどですから、やはり不死なのですか?」
現魔王はイルビゾン・ウレイン・ロストシュート。
不死なら「それはそうですね」
「シャル、貴女に話しておくことがあります。貴女はわたくしの姪であり一応王族でもあります。妖精王は世襲制ではありませんが、血統と家柄には文句のつけようがありません」
リンレイスの言う通り、妖精王は魔力の大きさや「って言うと?」
首を傾げながら不思議そうにシャーロットが問い返した。 シャーロットには政治的なことは分からない。 単に興味がないと言うのもあるが、自分がそんな大層な器ではないと理解しているからだ。 「わたくしが王を辞すると言うことです。そして我が娘リーンノアや貴女にも影響が出る可能性があるのです」「陛下がご譲位を? またまたご冗談がきついんだが? 治世227年にもなる名君ですよ?」
俯き加減に重々しい口調で切り出したリンレイスの言葉を聞いたシャーロットは、思わず耳を疑った。 そして言葉遣いが素に戻っていることにも気付かずに、前のめりになりながら一気に捲し立ててしまった。 それを聞いてリンレイスの表情が僅かだが綻ぶ。 「あら。随分評価してくれているのね?」「そりゃそーですよ」
心なしか嬉しそうな物言いに、シャーロットが即答する。 少なくともぐだぐだ、物ぐさ、いい加減のシャーロットには天地がひっくり返ろうとも真似できそうにない。 彼女には自身が妖精王になった時の想像すら出来なかった。 「とにかく、わたくしのせいで貴女に何かを負わせることになるかも知れないのです。王としても叔母としても情けない話ですけれど……ごめんなさい」「謝られても困りますよー?」
叔母とは言え、天下の妖精王が頭を下げて謝罪するほどのことが起こるということ。 おどけた口調で言うシャーロットに、リンレイスは少し自嘲気味に微笑んだ。――闇精霊族領のダラス平原 普段は平穏な緑溢れる豊かな平原に漂うは、血と錆に塗れた臭い。 この地では毎日のように、血で血を洗う激戦が繰り広げられていた。 闇精霊族軍に対するは、人間7か国列強同盟軍の1つコルネトリア王国軍が展開していた。 龍族と巨人族の援軍によって膠着状態が続く戦線であったが、そこへ列強最高と謳われるエルメティア帝國軍が後詰として参戦した。 この数日は牽制ばかりが続いており、本格的な戦いには至っていない。 山岳地帯や峡谷が多い闇精霊族領なので、無理に平地で戦わずに恵まれた天嶮を活かして人間族軍を誘い込めば良いのだが、どうしてもこの平原を手離せない理由があった。 この場所は古くからの彼らにとっての聖地に当たるのである。「シャーロット魔王陛下、此度はご足労頂きありがとうございます」 シャーロットが着陣して早々に天幕を訪ねてきたのは、闇精霊族の族長レイネシア。 跪いて臣下の礼を取り、恭しく頭を垂れている。「うむ。よくぞ、持ちこたえてくれた。一気に蹴散らしてやりましょう」「はッ……」 でき得る限りの威厳を纏ってシャーロットが威勢の良い言葉を吐くが、一部の闇精霊たちから失笑が漏れる。 レイネシアも特に叱責しようともしない辺り、内心ではどう考えているのかも知れたものではない。 とは言え、その気持ちも分からないでもないシャーロットは特に咎める気も起こらなかった。 何せ、援軍として引き連れてきたのは、魔王の側近を含む直轄部隊3000のみ。 更に言えば闇精霊族の中では若いとは言え、族長レイネシアは189歳で、18歳のシャーロットとは踏んできた場数が違う。「おい、魔王陛下に対する態度とは思えん。今、笑った奴は殺してやるから出て来い」 怒りの形相でシャーロットの隣から口を出してきたのは、ヴァルシュであった。 ここにいるのは
ついに来るべき刻が来た―― 神星樹の王城の外に広がる大庭園で魔王就任の戴冠式が行われる。 妖精族の国家リーン・フィアの首都フィアヘイムが帝都になる日だ。 新魔王となるシャーロットは王城内の控室で、柄にもなく緊張してそわそわを抑えられずにいた。 フェイトとブラッドが控える室内で、落ち着いて座っていることも出来ずに、行ったり来たりと忙しない。 「シャーロット様、少し落ち着いて下さい。儀式自体は簡略化されておりますのですぐに済みますので」 少しでも気休めになればと、フェイトが労わりの言葉を掛けるもシャーロットもこれからのことで頭が一杯だ。 戴冠式で何かやらかさないかより、魔王になった後のことを心配しているのである。 「魔王陛下、ご心配には及びませぬよ。陛下の美貌と魅力の前には全ての魔族がひれ伏すでしょう」 ブラッドも何か、よく分からないことを言い出したが、美貌と魅力とは?と自問自答せざるを得ない。 寝言でも言ってんのかとばかりに、シャーロットは呆れた目を彼に向けた。 ようやくシャーロットが席に腰を押し付けた頃、妖精族の神官の1人が儀式の開始を告げに控室へやってきた。 魔呪刻印が発現した刻――と言うよりバムロールを殴り飛ばした時点でシャーロットの覚悟は固まっている。 魔王就任には全く異論はない。 そう。異論はないのだが、流石に荷が重いのでは?とは思っている。 背もたれのない椅子から立ち上がったシャーロットの漆黒のドレスがさらりと垂れて、衣擦れの音が優しく耳に届く。 その大きく開いた背中からは妖精の羽が露わになり、意志とは無関係にゆらゆらと揺らめいていた。 控室は大庭園の会場からほど近い場所に用意されており、シャーロットたちはすぐに戴冠式典場へと到着した。 急ごしらえの祭壇と儀式台にしては意匠を凝らした美しい造りになっており、どれもが妖精の大森林の大樹から削り出された逸品である。 とても急造の会場だとは誰も思わないだろう。 「新たなる魔王! 魔呪刻印が発現せし者、全てを統べる者、妖精族の女傑、その者の名はシャーロット・マクガレル!」 恭しく言い放った龍族の大神官長の言葉に従って、壇上に姿を見せるシャー
シャーロットの魔王就任は決定的な状況である。 翌日に魔王の戴冠式を控え、すぐにでも妖精王バムロールを追い出して神星樹の王城に入ることは可能だ。 だが彼女は自宅でのんびりとした時間を過ごすことに決めていた。 いきなり窮屈な場所に閉じ込められるなど考えただけでゾッとする。「はぁ……やっぱり我が家は落ち着くわねー」 縁側でお茶をすするお婆ちゃんの如く、ソファに座ってコーヒーカップに口を付ける。 尊敬するルナも日当たりの良い庭を見ながら、緑茶なるものを呑むのが好きだと言っていたなと、シャーロットは懐かしい想い出に癒されていた。「シャーロット様、私に命じて頂ければコーヒーなどお淹れ致しますのに」「あーフェイト、いいのいいの。ここは自分ちなんだしー。自分で淹れるの好きだし」 パタパタと手を振って遠慮するもフェイトは何処か不満げだ。 何故か、現在この家にはフェイトとブラッドが当たり前のようにいた。 何でも大事が起きてはいけないからと言う話だが、大袈裟だろうにとシャーロットは気軽に考えている。 ちなみに2人には何度言っても座ろうとしないので、魔王(予定)権限で無理やり休ませるついでにコーヒーも振る舞っていた。「フェイト殿は秘書官故、コーヒーなど淹れられぬのでしょう」「何を言っている。私は何でもこなす。それが秘書官であり、シャーロット様のためなら尚更のことだ!」 ブラッドが煽るように皮肉っぽく告げると、フェイトが嫌悪感を露わにして反論する。 2人の様子を見ていると、バムロールの執務室での一件を思い出すが、これが相性と言う物なのか。 普段から冷静で何事にも動じない彼女しか見たことがなかったので、シャーロットとしては意外な一面を垣間見ることができて楽しいのだが。 2人が火花を散らしている隣で、シャーロットは特に気にすることもなくまったりと歴史の本のページを捲っていた。 別に心の底から嫌い合っているようでもなさそうなので、いがみ合うのも良いだろう。 その時、硬い木を叩く音がして全員の視線が玄関の扉へと集中する。 ブラッドを放置して、すかさずフェイトが扉へ向かうと誰何の声を上げた。 返ってきたのは聞き慣れた声。 シャーロットはフェイトに目で頷いて見せると、来客を招き入れた。「よう、シャル。
シャーロットはフェイトとブラッド、そして護衛を引き連れ、憂いを帯びた表情で妖精王の執務室へと向かう。 あの下卑た新王バムロールと顔を合わせるのは不愉快以外の何者でもないし、あんなことを仕出かした以上、何を言われるのか不安ではある。 シャーロットは自身に明確な悪意が向けられた経験がほとんどない。 バムロールやエリーゼたちの真意を思い出すと、不意に胸が押し潰されそうになる時がある。 だがそれだけだ。 自分の道は自分が決めると啖呵を切った以上、シャーロットの心は自身が考えていたほど揺らぐことはなかった。 そんな様子を察してフェイトが労わりの言葉を掛ける。 「シャーロット様、ご心配には及ばないでしょう。恐らくあの男は現実を受け止めきれていないでしょうが」「あーね。思いきりぶん殴ったからねー」「くくく……私も是非その場に居合わせたかったものです」 婚姻の儀のことを思い出して顔を赤く染め、何処か遠い目になるシャーロット。 それを見てブラッドは含み笑いを隠そうともせずに、滑稽だとばかりに言ってのけた。 「しっかしマウントねー。それってどーすんの? またぶん殴ればいいの?」「まぁ私にお任せください。シャーロット様は堂々となさっていて下されば良いのです」 シャーロットが左拳を硬く握りしめながら発した物騒な言葉に、フェイトは今まで見せたこともないような邪悪な笑みを浮かべながら言った。 そして到着した妖精王の執務室。 取り敢えずノックしかけたシャーロットであったが、気まずさが先に立って踏ん切りがつかない。 フェイトはそんなシャーロットを微笑ましく見守りつつ全く躊躇うことなく扉を叩いた。 シャーロットよりも若いのに大したものだ。 執務室から機嫌の良い声が聞こえたかと思うと、勢いよく扉が開かれる。 それを見てシャーロットが意外そうな表情になってしまった。 予想外の人物が目の前に立っていたことに少しばかり驚いたためだ。 なんと妖精王バムロールが一同を出迎えたのだ。 王自ら出迎えるなど普通はあり得ないがパフォーマンスであろう。 「シャーロット! よくぞ来てくれた! 式は中断となったが緊急事態だ。仕方なかろう! 親睦を深めたくてな。ささ、私の部屋へ入ってくれ」 どんな
「ええーッ!? あたしが次期魔王に!?」 リンレイスから衝撃の言葉を告げられたシャーロットの叫び声が室内に木霊した。 魔王イルビゾン封印の報と自らの左手の甲に発現した魔呪刻印――次々と起こる予期せぬ出来事に、彼女の頭は大混乱に陥っていた。 神話や歴史書を読み込んでいるシャーロットは当然、その意味を知っているが、それが自身に降りかかるなど考えてもみなかったのだ。 シャーロット自身、バムロールには怒りの鉄拳を喰らわせるつもりだったのだが、何故か颯爽とヴァルシュが助けに来てくれた。 まるでお伽噺の中の騎士様である。 しかもアレはお姫様抱っこと言う神聖なモノであるはず。 色々と起こりすぎて正直、頭が沸騰しそうな勢いである。 「落ち着きなさい。魔帝國の中で魔呪刻印が発現したのは貴女だけなの。恐らくだけれど……今のところ、他の魔族に発現したと言う話は聞かないわ」 素っ頓狂な声を上げて思わず立ち上がったシャーロットをリンレイスが軽く窘める。 彼女はシャーロットの自宅のリビングでソファーに座っていた。 そしてため息を吐きつつ、シャーロットの目を真っ向から見つめて諭すように告げる。 「わたくしは貴女にとって良い話だと考えているわ。そしてそれはシャーロット、貴女を忌々しい呪縛から解放することを意味します」「でも……でも、あたしには他種族の方々のような力はないんだが?……じゃなくてありませんよ!?」 リンレイスが邪悪な笑みを浮かべているのが気になるところだが、今はそんなことまで考えている場合ではない。 齢が304を数え、在位227年にも及んだリンレイスに対して、シャーロットはまだ18歳の若造だ。 一族をまとめるのも難しそうなのに、魔族全体を統括するのは更に難しいと言わざるを得ない。 その不安故に無意識の内に、魔呪刻印を持つ左手は強く握りしめられていた。 「確かに我々、妖精族は力はありません。ですが、その魔力と霊気は魔王軍の中でもトップクラス。それに、戦争は力が全てではありません」 結婚の儀のことを思い出すシャーロットに、リンレイスは懇々と言い聞かせる。 政治などに疎い素人を
――リーン・フィアの首都フィアヘイム。 神星樹城の大会議室は、喧騒に包まれていた。 円卓には12の種族の長やその代理の者が座っている。 平時であれば新妖精王の戴冠式のために各族長が訪れていたはずなのだが現在は有事である。 種族で最も強く、一族を纏める者――族長の多くが前線に赴いているのは当然の流れであった。 それに代理の者すら派遣できずにいる種族がいるほどの激戦区も存在している。 「慣例に従って粛々と新たな魔王を決めるべきだろう」 今日何度目かの同じセリフを吐いたのは、死霊族の長クルスフィリアであった。 「そうは言うが我が虎狼族のガルビス様は前線のギーズデン砦で、更には鬼人族のキーラ様は東のケイトス峡谷で人間共と交戦中だ! 他の族長も散り散りになっているんだぞッ!」 虎狼族の族長代理の男が、己の不利をここぞとばかりに喚きたてた。 勇者一行に魔帝國の帝都イヴィルまで攻め込まれ、魔王を封印された挙句、攻勢を受けて各種族は地方で分断されている。 クルスフィリアの意見に応えたのは、不死族のナンバー2だった者であった。 「そんなことは理解している。だが、不死の王であるイルビゾン様が封印された今、直ちに新魔王を決めるのが何より先決のはず」「ガルビス殿やキーラ殿は魔呪刻印が出ていないのであろう?」「その他の族長に刻印が発現したという話も聞かぬな」「まさか封印された場合は、新たな刻印は現れないのか?」 そんな紛糾する会議の中で、『元』妖精王リンレイスが静かに挙手し立ち上がった。 議長を務めていた龍王ガルガンドルムは、すぐに騒いでいた者たちを黙らせる。 騒ぎ立てていた者たちの視線が集中するが、彼女は全く動ずることがない。 一同が静まるのを待って、彼女は穏やかな口調で言葉を発した。 喧嘩腰の他種族の者とは違って物腰柔らかで、あくまで自然体、余裕さえ感じられる。 「我らが妖精族の1人に魔呪刻印が発現致しましたわ」 それを聞いて慌て始めたのは、この場にいた族長たちであった。 魔呪刻印は正統なる魔王の証。 「何ッ!? それは間違いないのか?」「刻印が現れたのであれば是非もなし」「惰弱な妖精族に|魔呪刻印《インキューズメ